1兆円公的基金で宇宙航空の未来へ大胆な前進を目指す日本(Aviation Week)


Tokyo skyline

日本の宇宙産業企業の多くは東京に拠点を置いている。クレジット: Luis Henrique de Moraes Boucault/Alamy Stock Photo


十年にわたる経済停滞の後、日本は宇宙航空産業、特に新たな宇宙分野での成長に大きく賭けている。

 その戦略の中核となるのが、日本政府が2024年に開始した10年間にわたる取り組みである1兆円(68億ドル)規模のJAXA宇宙戦略基金だ。政府はこの基金で産業の変革を目指している。

 東京は2030年代初頭までに、国内宇宙市場規模を2020年の4兆円から8兆円(約540億ドル)へ倍増させる目標を掲げている。その時点で年間約30基のロケット打ち上げと、通信衛星コンステレーションから無人探査機まで30以上の新規衛星サービス提供を目指す。

 日本の宇宙戦略基金は、航空宇宙分野における国内最大の技術開発プログラムである。基金からの支出額は年ごとに変動するが、平均で年間1000億円に達する。これは2025年度の宇宙航空研究開発機構(JAXA)予算の約65%に相当する。

 しかし宇宙戦略基金は決して唯一の取り組みではない。次世代技術が市場のより大きなシェア獲得を可能にすると見込み、日本政府と産業界は航空宇宙分野全体で体制再構築を進めている。

 エアバスとボーイングが次世代旅客機への投資を先送りする中、日本政府は水素燃料技術による市場シェア拡大に乗り出した。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は複合材構造体(ブレンド翼胴体への応用が期待される)や燃料電池、水素燃焼タービンに多額の投資を行っている。さらに低コストの持続可能航空燃料(SAF)開発や水素サプライチェーン構築にも注力している。

 自動車分野では、日本の大手自動車メーカー数社が航空宇宙分野への関与を拡大し、モビリティ企業への進化を目指している。例えばトヨタは、米国に拠点を置く電気垂直離着陸機(eVTOL)開発企業ジョビー・エイビエーションに対し、製造ノウハウの提供と助成金支援を行っている。ホンダも独自のハイブリッドeVTOLを開発中だ。

背景には、リーン生産方式を完成させ年間数百万台の自動車を生産する日本の自動車製造における卓越性が、新興の宇宙・eVTOL分野における同国の将来性を高められるという考えがある。

Honda's reusable launch vehicle

ホンダは6月、再利用可能な打ち上げロケットの飛行に成功し業界を驚かせた。クレジット:ホンダ


 ホンダは6月、小型再利用ロケットを高度約900m(2,950フィート)まで打ち上げ、地上への着陸に成功し宇宙業界を驚かせた。このロケットは2021年に短期間の報道発表を行った後、秘密裏に開発されていた。ロケットの誘導・制御システムはホンダの自動運転開発プロジェクトから提供された。

 他国の自動車メーカーがバッテリー式電気パワートレインを自動車の未来と見なす一方で、日本は水素燃料電池を諦めていない。トヨタはJAXAと提携し、大型で居住可能な再生型燃料電池駆動月面ローバー「ルナクルーザー」を開発中だ。また4月には、アメリカン・ホンダ・モーターが国際宇宙ステーション(ISS)搭載の電解システム試験計画を発表した。これは同社が構想する月面再生型燃料電池システムの一環である。

 日本の水素自動車開発への長年の関心は、産業界の観測筋から、国内の炭化水素燃料不足と結びつけられることが多い。また、部品点数が少ない電気自動車の製造は、自動車労働者やサプライヤーの仕事を減らすことになるとの懸念もある。社会的結束が最優先される日本では、これは深刻な懸念事項だ。


倍増へ

宇宙戦略基金は、日本政府による新たな宇宙分野への一種の倍増策である。日本政府は2018年、新規宇宙スタートアップ向けに1000億円の5年間支援パッケージを開始した。7年後の現在、国内には100社以上の宇宙スタートアップが存在する。

 JAXAは別途予算を持つが、同機関は経済産業省(通称METI)を含む3つの主要省庁に代わって宇宙戦略基金を運営している。名称とは異なり、同基金は株式取得を目的とした投資機関ではなく、企業への助成金交付を行う。

 基金を運営する複数省庁の存在は、宇宙産業を無視できないという日本政府内の広範な合意を示すものでもある。

「宇宙資産の重要性は拡大している」と宇宙戦略基金理事補佐の丸岡真吾氏は語る。「人々の日常生活は宇宙資産によって支えられている」

東京は打ち上げ能力、衛星通信、衛星測位システムも国家資産と位置付けていると彼は付け加える。

 コンサルティング会社ノヴァスペースのパートナー兼マネージングディレクター、ライナー・ホーンは「根本的な目的は日本の国内宇宙市場を構築し、特定のペイロードを輸入せずに国内調達できる機会を創出することだ」と説明する。

 JAXAは11月、宇宙戦略基金の助成対象となるフェーズ1プロジェクトを選定した。22の技術テーマにまたがる計52件のプロジェクトである。

「これらのテーマは内閣府が決定する」とJAXA宇宙戦略基金部戦略企画課の伊奈浩司課長は説明する。JAXAは政策目標に基づき企業への助言と選定を行うと、伊奈課長は本誌に語った。

 フェーズ1では、商業衛星コンステレーション、高解像度・高頻度光学観測衛星システム、再生型燃料電池システムの3テーマが特に多額の投資対象として目立つ。

 フェーズ2の申請締切は9月で、ロケット部品、軌道間輸送機、衛星ベースの光学データ中継システムが最大の助成対象に指定された。

 宇宙戦略基金は、JAXAを従来の研究機関から進化させる日本政府の広範な取り組みの一環でもある。近年JAXAは、スタートアップの各成長段階を支援するため、並行する複数の基金、インキュベーター、技術移転、共同開発、中小企業向け研究開発イニシアチブを相次いで立ち上げてきた。

 ホーンはJAXAの文化変革の試みと見る。「JAXA技術者に組織の枠を超えた思考を求め、共同プロジェクトでの活用可能性やスタートアップとの交流から学ぶことで、商業的感覚を養わせたいのだ」。


野心的な計画

巨額の投資にもかかわらず、日本の航空宇宙産業は大きな障壁に直面している。中国、欧州連合(EU)、米国と比べ、日本の市場規模は比較的小さい。また、打ち上げロケットサービスやブロードバンド衛星コンステレーション市場を支配するスペースXなど、先行するライバルに追いつく必要がある分野もある。

 今回の新たな取り組みが成功する保証は全くない。顕著な教訓となるのが、日本の前回1兆円規模の航空宇宙開発プロジェクト「スペースジェット計画」だ。

 三菱重工業がリージョナル機開発に挑んだ野心的なスペースジェット計画は、15年の歳月を経て2023年に中止された。同プログラムは当初から困難な戦いを強いられていた。収益性の高い米国市場への参入を目指していたが、エンブラエルなどの既存企業を排除する必要があった。高コストな失敗が致命傷となった。旅客機の当初設計は米国仕様の要件を満たすには大きすぎ、再設計コストを増大させたのである。

 今回、少なくとも初期段階では、日本の政府機関や企業は海外市場で国際的なライバルと直接対決することをほぼ避けている。代わりに、現地のニッチ市場を開拓したり、他国のプログラムで補完的な役割を担ったり、宇宙や先進的航空モビリティなど未確立の市場シェアを獲得する道を選んでいる。

 例えば、インターステラー・テクノロジーズは、日本政府向けの小型衛星打ち上げ市場に加え、日本およびアジア太平洋地域の商業衛星事業者へのサービス提供を目指している。NEDOの次世代航空機プログラムは、将来の旅客機開発で主導権を握ることを必ずしも目的としていないが、この取り組みは、日本の産業が重要な複合材構造部品やエンジン製造のより大きなシェアを獲得できる立場に立つことを意図している。

小型衛星の開発企業アークエッジ・スペースにとって、日本中心戦略とは海洋国家としてのニーズに応えることだ。具体的には次世代海洋通信システムや海洋観測用ハイパースペクトルセンサーを搭載した衛星の開発が挙げられる。

 「日本単独で宇宙利用産業を発展させるのは困難だ。太平洋諸国や東南アジア諸国連合(ASEAN)の一部国とも協力する必要がある」とアークエッジの福代孝義CEOは本誌に語る。「どの分野を開発できるか戦略的に考える必要がある」。

SkyDrive eVTOL

スカイドライブは、日本の密集都市におけるエアタクシー用途向けに設計されたeVTOL(電気垂直離着陸機)の開発を進めている。クレジット:スカイドライブ


一方、スカイドライブスズキと提携し、米国の競合企業アーチャー・エイビエーションやジョビー・エイビエーションの機体より大幅に小型のeVTOLを開発中だ。両米企業は都心部と空港間の固定シャトル路線で4人乗車を想定しているが、スカイドライブのSD-05は乗客2名とパイロット1名を収容する。この小型軽量設計は、高層ビルや鉄道駅の補強されていない着陸パッド間を短距離移動するタクシー事業を実現する目的だ。日本の都市鉄道網は密接に連携しており、ドア・ツー・ドアの移動時間は自動車移動に匹敵、あるいは上回る場合が多い。豊田市に拠点を置くスカイドライブは、鉄道事業者との戦略的提携を結んでいる。

 多くの新航空宇宙技術は二重用途を持ち、政府支出、特に防衛省の予算増(過去4年で67%増、2025年度は8.7兆円)に推進されている。今年度の宇宙関連予算は790億円に達した。

 地上通信会社NTTと衛星通信会社スカイパーフェクトJSATの合弁企業スペースコンパスは、静止軌道レーザー通信中継衛星ネットワークを開発中だ。4月には防衛省から、静止軌道からの宇宙領域認識データ中継実証の契約を獲得した。

 他国が競合サービス開発やスペースXのスターリンク低軌道ブロードバンド衛星群を追う中、日本は代替技術に取り組んでいる。スペースコンパスは、太陽光発電式高高度プラットフォームステーション(HAPS)「ゼファー」を運用するエアバス子会社AALTOと提携し、成層圏からのブロードバンド供給を目指す。両社は2026年にHAPSベースのセルラーネットワーク商用サービス開始を目標としている。プロジェクト第2段階では、地上ゲートウェイ設置が困難な地域向けに衛星バックホールシステムの統合を計画。

 通信大手ソフトバンクも2026年、日本国内でHAPSスマートフォンネットワークの「プレ商用」サービスを開始する計画だ。同社は6月、ニューメキシコ州のSceyeが製造する成層圏飛行船による支援を予定していると発表した。またエアロバイロンメントの固定翼太陽電池式HAPS機「サングライダー」の利用に関し提携も進めている。

 日本政府による21世紀の航空宇宙推進は、ある意味で「ジャパン・インク」と呼ばれる20世紀の産業政策を踏襲している。これは戦後の経済成長「日本の経済奇跡」をもたらした、官民協調による開発努力であり、自動車・電子・工作機械・造船・重工業など多分野で世界をリードする企業を生み出した。

 東京が当初の「ジャパン・インク」産業政策で海外のライバルに追いつき、追い越そうとしていた時代(技術的な道筋は他者が切り開いていたためリスクがはるかに低い戦略だった)と異なり、最新の取り組みは新興技術という未知の領域への進出であり、その一部は失敗に終わる運命にある。

 しかし、新たな航空宇宙技術への広範な投資は、日本の政府政策を過去だけでなく他国政府とも一線を画すものにしている。例えば欧州各国政府はこれほど大胆な賭けをしていないと、ノヴァスペースのホーン常務取締役は指摘する。「日本人は非常に勇気がある」。■


Tokyo Boldly Pushes Into Future Of Aerospace With ¥1 Trillion Fund

Garrett Reim September 30, 2025

https://aviationweek.com/aerospace/aircraft-propulsion/tokyo-boldly-pushes-future-aerospace-y1-trillion-fund

ギャレット・ライム

シアトル地域を拠点とするギャレットは、宇宙分野と航空宇宙・防衛の未来を形作る先端技術(宇宙スタートアップ、先進航空モビリティ、人工知能を含む)を担当している。



 

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